前回、私たちは管理者の土台を「二つの実務能力」として整理しました。一つは訪問看護の現場の実務能力、もう一つはマネジメントの実務能力です。今回はそのうち前者、訪問看護の現場の実務能力に絞って、もう一歩踏み込みたいと思います。
問いはシンプルです。訪問看護の現場の実務能力は、どうやって育つのか。
年数を重ねれば自然に身につく、という答えは前回すでに退けました。では何が経験を実力に変えるのか。私たちの答えは一つで、「実践知を、言葉にすること」です。
ひとりの訪問は、放っておくと「やりっぱなし」になる
訪問看護という仕事の特徴は、一件一件の訪問がひとりで完結することにあります。利用者の自宅に伺い、状態を見て、判断し、ケアを行い、記録を残して次の訪問先へ向かいます。病院の病棟のように、その場に他のスタッフがいて、判断の瞬間を共有できる環境とは構造が違います。
この単独訪問という構造には、良い面と難しい面の両方があります。良い面は、利用者一人ひとりと深く向き合える裁量があること。難しい面は、その訪問で何を考え、何を悩み、なぜその対応を選んだのかが、本人の中だけで完結してしまいやすいことです。
一件の訪問は、業務としては「完結」します。記録も書く、報告も上げます。しかし、その訪問の中にあった判断の解像度――なぜAではなくBを選んだのか、その場でどんな違和感を持ったのか――は、意識して振り返らない限り、次の訪問に持ち越されないまま流れていってしまいます。
これは個々のスタッフの資質の問題ではありません。単独訪問という働き方そのものが持つ、構造的な特性だと私たちは考えています。だからこそ、この特性を前提にした支え方が必要になります。
実践知は、言葉にして初めて「次」に活きる
現場で積み重なる経験は、放っておくと本人の中に感覚として蓄積されるだけで止まってしまいます。「なんとなく分かる」「経験でそう感じた」という状態は、確かに実力の一部ではあります。しかし、それだけでは再現性が生まれません。次に似た場面に出会ったときに意識的に使えるとは限りませんし、まして他の誰かに伝えることもできません。
経験が実力になるのは、その経験の中身――何を見て、何に気づき、なぜその判断をしたのか――を、自分の言葉にする瞬間だと私たちは考えています。言葉にする過程で、感覚だったものが輪郭を持ちます。輪郭を持って初めて、次の判断に意識的に使えるようになり、後輩に説明できるようになり、チームの共有財産になっていきます。
私たちが現場力の到達点として考えているのは、単に一人で訪問がこなせる状態ではありません。単独実践ができ、それを自分の言葉で表現し、必要に応じて調整できる状態です。表現できるということは、その判断の理由を自分自身で理解しているということです。理解しているからこそ、状況が変わったときに調整もできます。
これは、私たちが掲げる「型を疑い、最適解を作り続ける。」という価値観とも重なります。決まった手順をなぞるだけでは、目の前の利用者に最適なケアにはたどり着けないことがあります。型を理解した上で、なぜその型なのかを言葉で説明できて初めて、状況に応じて型を疑い、調整する判断ができます。言語化は、単なる記録作業ではなく、最適解を作り続けるための土台なのだと私たちは考えています。
だから、振り返りを「習慣・仕組み」にする
ここまで述べてきたことには、一つ大事な前提があります。言語化は、本人の意思や几帳面さに任せていては、続かないということです。
日々の訪問をこなしながら、誰に言われるでもなく自分の判断を振り返り、言葉にし続けるのは、簡単なことではありません。ましてや単独訪問という構造の中では、その日の出来事を自然に話せる相手がその場にいるわけではありません。だからこそ私たちは、振り返りを個人の意思任せにせず、習慣・仕組みとして組み込む必要があると考えています。
振り返りといっても、難しいことをするわけではありません。起きた事実を確認し、そこから気づいたことを見つけ、次にどうするかを一つ決める。この小さなサイクルを、意図的に繰り返す場をつくることが大切です。
単独訪問だからこそ、言葉にする場を意図的に用意します。私たちが定期的な面談の機会を大切にしているのは、そのためでもあります。面談は評価のためだけの場ではなく、「今の自分が、何を見て、何を考えて訪問をしているか」を、自分の言葉で言語化する場として位置づけています。誰かに話す、あるいは書き出すという行為そのものが、感覚を輪郭のある経験に変えていきます。
「一人前」は年数で決まらない ― 段階で育てるという考え方
前回、私たちは「一人前」を年数で測らないと述べました。今回はその考え方を、もう少し具体的な段階として描いてみたいと思います。
現場力は、状況を正しく把握できる段階から始まり、次にその把握をもとに単独で実践できる段階に進み、最終的にはその実践を自分の言葉で表現し、必要に応じて調整できる段階へと育っていきます。これは在籍年数に比例して自動的に進むものではなく、実践の質と、それをどれだけ言葉にしてきたかの積み重ねによって進んでいくものだと私たちは考えています。
だからこそ私たちは、経験を”正しく積む”ための仕組みを大切にしています。何をどれだけ経験すれば次の段階に進めるのかを、本人が見通せる形にしておく。これが私たちの考えるキャリアラダーの土台にある発想です。段階を示すことは、本人を管理するためではありません。むしろ、本人が自分の現在地を理解し、次に何を積めばいいかを自分で選び取れるようにするためのものだと考えています。管理しているように見せず、本人の主体性を引き出す。それが私たちの目指す支え方です。
言葉にできる現場力が、事業所を強くする
前回、私たちは訪問看護の現場の実務能力を、事業所の土台だと述べました。この土台が欠けると、現場で起きている変化や課題に誰も気づけないまま、静かに滞留していきます。
言語化された実践知は、その滞留を防ぐ力を持ちます。ひとりのスタッフが自分の言葉で語れる判断は、チームの中で共有でき、後輩に説明でき、次に同じような場面に立つ誰かの助けになります。単独訪問という構造は変わらなくても、言葉にする文化があれば、経験は個人の中に閉じずに事業所全体の資産として積み上がっていきます。
現場力が言葉になって初めて、一人ひとりの訪問の質が、事業所全体のケアの質へとつながっていきます。私たちはそう考えています。
おわりに
訪問看護という仕事は、その性質上どうしても一人ひとりの実践に委ねられる部分が大きいものです。だからこそ私たちは、現場で得た経験を言葉にする文化を、本人任せにせず、仕組みとして支えていきたいと考えています。
次回は、管理者に求められるもう一つの土台、マネジメントの実務能力について掘り下げます。