「風通しのいい職場です」「明るいチームです」。求人票でよく見かける言葉です。私たちも、笑いのある職場がいいと思っています。ただ、それを職場の目標そのものに置くことには、少しためらいがあります。
私たちが組織づくりで見ているのは、明るさではありません。固定観の緩さです。この連載では「ケアの現場で遊ぶ組織論」と題して、認知科学・臨床心理・組織研究の知見を、訪問看護の現場運営にどう翻訳できるかを考えていきます。第1回のテーマは、その出発点となる「遊び(プレイフルネス)」です。
「遊び」を、楽しさの話にしない
職場に遊びを取り入れる、と言うと、レクリエーションやゲーム的な仕掛けが想像されます。しかし、近年の研究がプレイフルネスに与えている定義は、もっと地味で、もっと根本的なものです。
プレイフルネスとは、ある状況への固定した見方から注意を抜き出し、別の解釈の可能性へと振り向ける能力である。
つまり、「楽しんでいる状態」ではなく、「一歩引ける能力」のことです。困難から目を逸らすことでもありません。困難を、別の角度から照らし直す力です。
この定義に立つと、職場で向き合うべき課題がはっきりします。楽しさが足りないことではなく、見方が固まってしまうことが問題なのです。
現場で「固まる」のは、こんなときです
訪問看護の現場で見方が固まる場面は、大きく三つに分けられます。
ひとつめは、注意の硬直です。 同じ観点からどうしても抜け出せない状態。認知症の進行、ご家族の間で板挟みになる場面、なかなか改善しない症状。「なんとかしなければ」という一点に思考が集中すると、かえって対応の引き出しが消えていきます。
ふたつめは、意味づけの固定です。 「あの方はこういう方だ」「この場面はこう対応するもの」という枠が先に立つ状態。訪問看護の強みは、その人の生活の場に入れることです。しかし同じ方に長く関わるほど、その強みは静かに失われていきます。枠ができた瞬間から、その日の小さな変化への感度が落ちるからです。
みっつめは、失敗の深刻化です。 「あの対応でよかったのか」「もっとできることがあったのではないか」。この思考が繰り返し戻ってくる状態です。訪問看護は一人で現場に入り、一人で判断し、そのまま次の訪問に移ります。消化されないまま持ち帰った経験が積み重なることが、消耗の入り口になります。
三つとも、能力の問題でも、やる気の問題でもありません。人の認知が、そういう仕組みでできているというだけの話です。だからこそ、個人の心がけではなく、仕組みの側で扱えます。
「一歩引く」が先。「別の見方」は、後から来る
ここに、実務上とても大事な順序があります。
うまくいかなかったと感じている相手に、「でも、こういう良い面もあったよ」と別の見方を勧める。よくある励まし方ですが、これはしばしば機能しません。感情調整に関する研究が時系列で示しているのは、自分の思考や感情から距離を置くこと(一歩引くこと)が先にあり、新しい解釈はその後から生まれるという順序です。逆ではありません。
一歩引くとは、「私は失敗した」ではなく「私はいま『失敗した』という考えに気づいている」と扱えることです。ごく微妙な差に見えますが、この一歩がないところに別の見方を差し出しても、押しつけにしかなりません。
私たちが振り返りの場で気をつけているのは、最初の問いです。
❌ 「どうすればよかったと思う?」 ⭕️ 「その場面をいま思い浮かべると、どんな気持ちが来る?」
前者は、いきなり別の解釈を求めます。後者は、まず距離を作ります。順序を変えるだけで、その後に出てくる言葉がまったく変わります。
固定観は、「問い」のかたちで緩む
固定観を緩めるために、新しい制度は要りません。実際に効くのは、その場で口にする一つの問いです。私たちがことばにこだわるのは、それがケアの道具そのものだと考えているからですが、こういう場面ではもっと即物的に効きます。問いのかたちを変えるだけで、出てくる答えが変わるからです。
カンファレンスで、詰まったとき。
「この場面を、もし全く関係のない人が外から見たら、何が見えるでしょうか」
固まったフレームから、注意をいったん引き剥がすための問いです。技術も時間もかかりません。
引き継ぎのとき。
「今日のあの方、いつもと何か違うことはありましたか」
「いつも通りでした」で終わる文化から、「今日はどうだったか」を毎回確かめる文化へ。認知症ケアの現場を追ったある質的研究では、その人らしさを尊重したケアを実際に実践できているスタッフとそうでないスタッフを分けていたのは、共感の深さよりも見方を切り替えられる柔軟さだった、とされています。一律の対応から抜け出すには、まず固定観が解除される必要があるのです。
行き詰まったとき。
「いまコントロールできることと、できないことを分けてみましょう。できることだけを、次の一手にします」
訪問看護には、どうにもならない状況が数多くあります。病状の進行、ご家族の方針の変化、制度上の制約。そのすべてに「なんとかしなければ」で向き合い続ければ、必ず消耗します。受け入れることと、動かせることを分ける。それが、限られた力を効かせる場所に集める方法です。
溜めてから降ろすのではなく、溜まる前に降ろす
固定観を緩める仕組みとして、私たちが毎日やっていることがあります。フッテージタイムと呼んでいる、昼休憩のあとの十五分です。
その時間に事業所にいるメンバーで集まります。**話すことは決めていません。**利用者のことで気になっていること、判断に迷ったこと、相談したいこと。そして雑談。議題も、進行の順序も決めていません。
海外の医療機関には、多職種が集まって「今月印象に残ったケアの場面」を語り合う、構造化された月一回の場が広く運用されています。複数の研究で、参加者の心理的な苦痛や、「やりたいケアができない」というもどかしさが下がることが報告されています。
先に断っておくと、**これらの効果は、あくまで構造化された月一回という形式で測られたものです。**私たちの毎日十五分・議題なしの運用が同じ効果を生んでいるという裏づけは、私たち自身、まだ持っていません。
私たちがやっているのは、頻度も長さも、それとは逆です。月に一度まとまった時間を取るのではなく、毎日の十五分。理由は二つあります。
*ひとつは、溜めないためです。**単独で訪問し、一人で判断し、そのまま次へ移る。この構造では、消化されないものが日々積もっていきます。月に一度まとめて降ろすより、**溜まる前に、その日のうちに降ろせるほうが軽い。**しんどかった訪問の記憶が、まだ生々しいうちに口に出せるかどうかは、思っている以上に大きな違いです。
*もうひとつは、議題を決めないためです。これは意図的にそうしています。テーマを決めた場では、「報告に値すること」しか出てきません。**しかし見方が緩むきっかけは、たいてい半端な言葉のほうにあります。
「なんか、気になってるんですよね」 「うまく言えないんですけど」
議題のある会議で、この種の発言は出ません。出しても場にそぐわないからです。だから雑談が混ざっていることを、私たちは問題だと思っていません。混ざっているから、機能しています。
構造化された場の研究から借りるとすれば、進行の型ではなく一点だけです。**「改善点は?」から入らないこと。**そこを先に置くと、話は反省会になり、半端な言葉は真っ先に消えます。
正直に書くと、限界もあります。その時間に訪問へ出ている人は参加できません。全員が揃う日は、ほとんどありません。それでも、**日中それぞれがバラバラに動く仕事で、顔を合わせる時間があること自体が、設計です。**放っておいて生まれるものではないからです。
柔軟さは、才能ではなく設計できる
看護師を対象にしたある研究では、状況に応じて自分の行動を柔軟に選べる力が、燃え尽きや離職の意向と関連することが示されています。裏を返せば、消耗を「その人の弱さ」として扱うのは、経営判断として正確ではありません。育てられる能力の問題として扱い直すほうが、打てる手が増えます。
そして、この力は練習で伸びます。短期間の介入でも変化が確認されており、場の設計によって組織的に促すこともできます。才能ではないのです。
私たちが大切にしている価値観の一つに、「型を疑い、最適解を作り続ける」という考え方があります。これは制度や手順の話に限りません。一人ひとりの頭の中にできた型を、その都度ほどけるかどうか。組織として問われているのは、そちらのほうです。
おわりに
プレイフルネスとは、明るさではありません。余裕です。そして余裕とは、一歩引けるかどうかです。
一歩引けたとき、人は別の可能性を見ます。別の可能性が見えたとき、対応の幅が戻ってきます。ケアの質は、たぶんそこで決まります。
私たちが目指しているのは、笑いが絶えない職場ではなく、固定観の緩やかな職場です。そのために変えているのは、大きな制度ではなく、カンファレンスの最初の一問であり、引き継ぎの一文であり、振り返りの順序です。
次回は、この連載のもう一つの柱――「続ける力」を取り上げます。続けられるかどうかは意思の強さの問題だ、という説明を手放すところから始めます。
参考文献
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