前回は、管理者の土台となる2つの実務能力のうち、①現場の実務能力がどう育つのかをお話ししました。型やマニュアルを知っていることと、実際に現場でやり切れることは別物であり、その差は経験の積み重ねでしか埋まらない、という内容でした。
今回は、もう一方の土台である②マネジメントの実務能力を掘り下げます。第1回でお伝えした通り、型やツールを知っていることと、それを使いこなせることが別物であるのは、②においても変わりません。では、マネジメントの実務能力とは具体的に何を指し、どうすれば身につくのでしょうか。
マネジメントの実務能力とは「意思決定を回す力」である
マネジメントの実務能力と聞くと、シフト管理の方法や会議の進め方、評価制度の運用といった「型」や「ツール」を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろんそれらの知識も必要です。しかし、私たちが管理者に求める実務能力の本質は、そこではありません。
一言で表すなら、それは「意思決定を回す力」です。決められた手順に沿って判断するのではなく、状況に応じて自分で決め、その決定に責任を持ち、次の判断につなげていく力のことです。これを分解すると、いくつかの要素が見えてきます。
多方向の利害を捌く意思決定
目の前の一方向だけをよくする選択は、実はそれほど難しいことではありません。利用者にとって都合のよい対応だけを考える、あるいはスタッフの負担だけを軽くする対応を選ぶ、というのは、一つの視点に立てば誰にでもできる判断です。
難しいのは、スタッフ・利用者・ご家族まで含めて、関わるすべての人にとってよい選択を選び取ることです。ある訪問のスケジュールを調整する場面ひとつをとっても、利用者の状態、ご家族の希望、担当スタッフの負担、事業所全体の体制という複数の要素が絡み合います。そのすべてを見渡しながら、どの選択が全体にとって最も納得感のあるものかを判断します。これがマネジメントの実務能力の中核です。
「できない」で止めず、構造をつくる力
限られた人員、限られた時間の中では、「できません」と答えたくなる場面が何度も訪れます。しかし、そこで思考を止めてしまえば、状況は何も変わりません。
私たちが管理者に期待するのは、制約の中で「どうすればそれを実現できる構造をつくれるか」を考え抜く姿勢です。人が足りないなら、業務の組み方を変えられないでしょうか。時間が足りないなら、優先順位や役割分担を見直せないでしょうか。できない理由を並べるのではなく、できる形をどう設計するかという発想の転換こそが、実務能力として問われます。
気合ではなく、仕組みと構造で回す
意思決定を積み重ねていく中で、無理や気合でその場をしのぐことは長続きしません。私たちが大切にしている「時間管理の徹底」や「正しい選択」という価値観は、まさにこの発想と結びついています。感覚や勢いで乗り切るのではなく、時間の使い方や業務の条件そのものを設計し、仕組みとして回るようにします。これができて初めて、その決定は組織に根づいていきます。
現場全体の異変を察知し、上申を回す責任
管理者は、自分の目の前の業務だけを見ているわけにはいきません。利用者の状態の異変、スタッフの様子の変化、事業所運営上の小さなズレ。そうした兆候にいち早く気づき、必要な場面では自分より上の意思決定層に正確に情報を上げていきます。この上申の責任もまた、意思決定を回す力の一部です。気づいたことを抱え込まず、適切なタイミングで適切な相手に渡します。これも訓練を要する実務能力です。
それは、年数ではなく「実践」でしか育たない
第1回・第2回でも繰り返しお伝えしてきた通り、この力もまた、経験年数の長さでは測れません。育つのは、実際に「決めてみる」という経験を積み重ねた分だけです。
具体的には、承認を待たずに自分で判断する場面を数多く通過することです。新規利用者の受け入れが可能かどうかを見極める場面、他職種に対して改善案を提案する場面、日々の運用のやり方そのものを見直す場面。こうした場面で、自分の頭で考え、決め、その結果を引き受けます。この繰り返しでしか、意思決定を回す力は磨かれません。
そしてこの実践の過程では、後輩に自分の判断の理由を説明できるか、自分自身の成長ぶりを客観的に管理できるか、周囲からのフィードバックを素直に受け止められるか、といったことも同時に問われます。決定を下すだけでなく、その決定を言葉にして人に伝え、評価を受け止め、次に生かします。この一連のサイクル全体が、マネジメントの実務能力の実践そのものだと言えます。
育つには「裁量を渡される」必要がある
ここで重要なのは、実践の機会は本人の努力だけでは生まれない、という点です。決定権を持つ経験がなければ、管理者としての実務能力はそもそも育ちようがありません。だからこそ、会社の側が意識的に裁量を渡していく必要があります。
私たちの考え方はこうです。関わる全員が納得できる最適解を自分で導けるようになるまでは、ある程度トップダウンで方向性を示しながら進めます。ただしその過程でも、現場からの発言や提案は必ず受け止め、聞き入れます。そして少しずつ、判断の場面そのものを本人に渡していきます。
このとき気をつけているのは、教えすぎない、支えすぎないということです。手を貸しすぎることは、一見親切に見えても、実際には自立して決める機会を奪ってしまいます。かといって突き放すのでもなく、適切な距離感を保ちながら任せていきます。
第2回では、この「管理しているように見せず、本人の主体性を引き出す」という考え方を、現場スタッフが育つ環境づくりの視点でお話ししました。今回はこれを、管理者の側が持つべきスキル・設計の視点で捉え直したいと思います。つまり、裁量をどう渡すか、どのタイミングで手を離すか、その距離感そのものを設計できることこそが、マネジメントの実務能力の一つの完成形なのです。
到達点は「自分が回す」から「人と組織を育てる」へ
マネジメントの実務能力が成熟していく先にあるのは、自分ひとりで意思決定をうまく回せるようになることではありません。到達点は、役割を多層化し、人と組織そのものを育てていくことにあります。
私たちの価値観に「ケアに関わる人の選択肢を増やす。」という言葉があります。これは、社内で役割(ロール)をデザインできる会社でありたい、という考え方につながっています。管理職というポストの数には限りがあります。しかし、組織の中で担うことのできる役割は、工夫次第でいくらでも増やしていくことができます。ある人はサービスの質を担保する役割を、ある人は拠点を運営する役割を、ある人は新しいスタッフの育成を担う役割を。ポストではなく役割を多層的に設計することで、一人ひとりが力を発揮できる場所を増やしていきます。これが私たちの目指す組織のかたちです。
管理者は、この役割設計を担うエンジンでもあります。自分が意思決定を回せるようになった先で、次は周囲の人たちが意思決定を回せる場をどうつくるかを考えます。第1回でお伝えした「一人に背負わせず、仕組みで支える」という発想は、ここでもう一度つながります。管理者一人が抱え込むのではなく、役割を分かち合いながら組織全体を育てていくこと。それこそが、マネジメントの実務能力が目指す最終的な姿です。
おわりに
ここまで2回にわたって、管理者の土台となる2つの実務能力についてお話ししてきました。①現場の実務能力は、目の前で起きていることに気づき、対応しきる力。②マネジメントの実務能力は、多方向の利害を捌きながら意思決定を回し、やがて人と組織を育てる力。どちらも、年数の長さではなく、実践と裁量の積み重ねでしか育ちません。
これで、管理者としての2つの土台が出そろいました。次回からは、この土台の上に築かれる、もう一つの力についてお話しします。それは、社内外や利用者・ご家族へこの力を「届ける力」——コミュニケーションの突破力と愛嬌です。どれほど確かな実務能力を持っていても、それが伝わらなければ意味がありません。次回は、その伝え方について掘り下げていきます。